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 華流で活躍する日本人Vol.6 関谷元子さん(2)(「ライブ台湾」2周年記念)

[2007年12月18日(火) /ライブ台湾]
華流ニュース  華流で活躍する日本人Vol.6 関谷元子さん(2)(「ライブ台湾」2周年記念)
「華流で活躍する日本人」関谷元子
 

本日は、「華流で活躍する日本人」関谷元子さん特集 第2日めです!関谷さんとジャッキー・チュン(張學友)さんの運命の出会いが語られますよ!!

ハリウッドやヨーロッパや日本のエンタメよりもアジアのエンタメに魅かれるようになったその魅力は?
――世界の音楽は欧米に支配されていますよね。でも、ワールド・ミュージックというのはそうじゃないということを証明するムーブメントと言ってもよかったんです。アフリカにだってエレキギターを持ってアフリカン・テイストの
ロックがある、世界中に色んな面白いポップがあるのよということですよね。もともと私はアンチ・メインストリームという立場にいたというか、もちろんハリウッドを否定する意味はなく、欧米はすごいと思う、だけどそうじゃない文化もあってそれを皆で楽しもうよという考えがあったんですよ。

それに何よりアジアは近いですしね、朝行ったらお昼には仕事ができるし(笑)

C−POPとの出会い
――90年代になった台湾は戒厳令が終わって少したった頃で、日本から音楽の取材に行く人はほとんどいなかったですね。その頃の台湾の音楽業界はロックレコード全盛期で、ロックレコードの人と知り合ったおかげで、アーティスト皆と友人になれるというか、ファミリーという感じで和気あいあいとしていました。

 台湾の音楽といえば、アーティストはいるけどルックスがいまいち、カッコイイのは香港という感じでしたね、ちょうど四天王(ジャッキー、アンディ、レオン、アーロン)やサンディ・ラム(林憶蓮)がいてキラキラしていたのですが、私としては、「本当の音楽は台湾にあって香港はチャラチャラしているよね」なんて台湾のアーティストたちと一緒になって言ったりしていたんです。

 でも、そんな台湾の人たちが唯一"あいつはスゴイ"と認めていたのがジャッキー・チュン(張學友)でした。
それでインタビューしてみたいなあと思っていたらちょうど取材の仕事が入って彼に会えたんです。台湾での初めてのコンサートの時で、90年代でジャッキーがちょうどアジアの頂点にたった時でした。

 リハーサル前に取材をする予定だったのに、待合室は人でごった返していて全然取材ができなかったんですよ。皆がジャッキ ーの周りにいたんですが、ジャッキー本人がダダダッとこっちに向かって来て「インタビューする予定だったよね。ごめん、今は出来ないけど後で絶対時間を作るから」と言いに来てくれたんです。トップスターがわざわざそう言いに来てくれて、ただただ感動しました。

 それで、コンサートが終わった後の食事会の時でしたけど、ジャッキーとフローレンス・チャン(陳淑芬)が食事もしないでスタッフの一人一人にコップを持ってお礼に回っているんですよ。3時間半も歌い続けた後なのに。心底「すごいなあ」と思いました。その後に、台湾や香港のメディアによる囲み取材をして、一通り落ち着いたらジャッキーがすぐにこっちにやってきて「取材を今やろう」と言ってくれました。でも15分くらいしたら、急いでホテルに帰らなくちゃいけない用事があったらしく、「今からホテルに帰るけどホテルで待っていて」と言うんですね、その時点でもう夜中の2時くらいでしたけど、3時くらいに「いいよ、取材しよう」と来てくれて、終わったのは4時くらいでした。

 疲れてヘロヘロになってその日は休みましたけど、朝の6時にスタッフから電話があって「これからジャッキーが
ホテルを出るけど見送りに来ませんか?」と教えてくれたんです。もちろん行かないわけにいかないので、あわててロビーに行くとジャッキーはもうファンに囲まれていて、一人一人にサインしてあげていました。

 とにかくその姿勢に打ちのめされましたね。お客様のために自分があるという考えが徹底しているんですよ。その頃から台湾と香港のスゴさが分かり始めて、次第に中国大陸にも興味がいくようになりましたね。

 ジャッキーとはその後も仲良くさせてもらっています。ジャ ッキーの奥様と一緒になって彼をからかったりしますけど、ム ッとしながらも黙って聞いています。女は恐いと思っているの かもしれませんね(笑)。

★続きは明日掲載します!


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